第28回男く祭記念文集 [ 目次 | 前のページ | 次のページ ]

編集後記


 まず最初にこの場を借りて、執筆者の方々及びこの文集の作成にあたってお世話になった人全てに感謝したいと思う。と同時に、僕の社会常識の欠如による、非常識な行動でご迷惑をかけた人全てに謝りたいと思う。

T、文集作成とその後の顛末
 文集というアイデアを思いついたのは今年(1998年)1月の初めの頃だった。僕達は半年以上前からたった2日の文化祭のために準備するのに、形として残るのは、パンフレットとその他わずかだ(人々の記憶を除くと)。それは余りにも寂しい、ということで文集を考えついた。そして二つのプロジェクトチームとしてスタートしたのが一月下旬、つまりその時点で3ヶ月しかなかった。どういう主旨で作るかは決まっていたが、「執筆者選び・依頼・原稿集め・校正・編集・印刷・ホームページ化」のすべてを3ヶ月で完成できるか、正直僕も見当もつかなかった。最終的に卒業生30人、在校生14人に原稿を書いてもらったのだが、卒業生の方がいろいろ困難をきわめた。まず第1に執筆者選び。昔からの先生に頼んで、150人近くリストアップしてもらった。そのうち約40人の方に原稿を依頼した。大変失礼なお願いにもかかわらず、多くの方が快く引き受けて下さり、お忙しい中、短い期間で立派な文書を書いていただいたおかげで、当初の僕らの予想をはるかに超えた見事な記念文集にすることができた。

U、印象に残った出来事
 この3ヶ月の文集作成の間で印象に残った事が3つある。一つ目は、原稿を依頼した際にお叱りを受けた事だ。その時期僕達は、「破竹の勢い」で、執筆の承諾をもらっていて、少し楽天的になっていた。そこをガツンと一発やられた、という感じだった。そのおかげで、僕達は改めて、社会の常識と自分たちの感覚のズレを強烈に意識し、反省した。二つ目は、様々な所に電話した経験だ。その中で最も冷や汗をかきながら電話したのが、ジャカルタのUNHCR事務所に電話したときだった。いくら英語(と度胸或いは図々しさ)に自信があるとはいえ、さすがに現地の職員の人と電話越しに話すのには参った(まあBroken Englishで必死に話したのが通じてよかったのだが)。三つ目は、鳥越俊太郎氏への依頼だった。依頼する人第一号で、深夜事務所にお電話し本人がでた時には鳥肌が立っていた。そしてその約二ヶ月後、深夜のKBC(テレビ局)に押しかけ、強引に30秒くらい二回ほど話した。年齢的に大学生以上の執筆者と、直接あったのは初めてだった。さすがに肉体的に疲れていたが、文集を作っていると実感した。

V、高校生という時期に文集を作って考えたこと。
 現代日本においてスポーツ、勉強、音楽、遊び、読書に打ち込み、青春を謳歌する、という高校生像はもはや死んだといっていい。もちろんそれぞれに輝いている人はいるが、割合的に言って大多数の同世代の人が、「その時期」を楽しんでいないのではないだろうか。「高校生の間は楽しまないといけない」という押しつけがましい幻想を声高に叫ぶつもりはない。しかし、今回の文集の過程において高校生について考えたことをここで述べてみた。
 現在、高校生であることの価値は、商品流行の発信源にしかみられない。けれど今回、(モラトリアム真っただ中の)高校生の特権を実感した。別に推奨するわけではないが、今回相当高校生ということで「得」をしたような気がする。高校生であるという事と確かな意欲を見せれば、殆どの人が非常に協力的に対応してくれた。つまり高校生だという事で、相手が「壁」を作らず、僕らはその懐に入れたのだ。高校生という時期は、ネガティヴな捉え方をすればいくらでも、暗く重苦しく感じられる。しかし発想を逆転させると、高校生だからできることもたくさんあるはずだ。僕はこの文化祭が終われば、受験勉強に本格的に取り組むわけだが、それに何の心残りなく入っていけるだけのしたい事は十分したと自信を持って言える。
 いま述べた事にも関連するのだが、今回文集作成(という名目で)かなり多くの第一線で活躍されている大人に接することができた。電話、E-mail、書いてもらった文章を通じて、である。それは、一言でいえば、ものの見方、考え方を学んだということに集約される。
 高校生という時期は、人生の長い時間の中でも極めて正義感及び理性に対する信頼感が強い。その反面、非常に観念的な世界へ深くはまってしまうことが少なくない。僕もかなりそうであったと思う。(今も同じかもしれないが、少しはましになったと思える)そんな僕が、春休みに加藤周一氏の演劇を見、そして届いた原稿を読んで、次の二つのことを感じた。訴えたいことを叫ぶのではなく、訴えたい内容を読んだ人が考えるキッカケとなるような「種」を読む人の心にまくということ。第一線で活躍する人(=自分の確固たる世界を持ったうえで他の世界を見つめている人)の熱い心と冷静な鋭い視線。一本一本の木だけしか見えなかったのが、この、いわば2つの翼によって、上空に上がり、少しだけでも森全体を見渡すことができたと思う。文集の主旨である「俯瞰的」な見方、考え方が、そこにはあったのだ。この感覚を得ただけで、文集作成の苦労が吹っ飛び、十分すぎるおつりがきたと思う。今考えると、この文集作成でうまくいったこと、そして数々の失敗、その全てが強烈な記憶となり、貴重な経験となったと思う。

 最後に、微弱な編集なので、全体としての構成がうまくいったかは、甚だ不安である。しかし年齢を問わず、この文章一つ一つを読んでもらえば、何かを得ることができると確信している。

(岡本 耕 = gh8y-okmt@asahi-net.or.jp


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