第28回男く祭記念文集 [ 目次 | 前のページ | 次のページ ]

「半分大人」の僕たちに

48回生  坂口 洸

 僕の兄は今年高三。従って、四月から大学生となるかもしれない(まぁ、本人も僕らもそれを期待はしているが)。気づいてみれば僕は十六歳、兄は十八歳、と随分大人に近くなったものだ。いつも僕の二歩前を歩き、四月大人の世界の扉を叩こうとする兄を少し羨ましく思った。この文章を読んでいる方、海水浴のビーチボールを思い出していただきたい。あれは掴むのがなかなか難しい。掴んだと思っても滑って遠くへ行ってしまう、そんな心境だった。
 
 高校に入学したとき、先生が
 「君達はもう高校生なのだから、オトナとして扱うことがあります。」
 などという意味のこと(はっきりと憶えている訳ではないので)をおっしゃった。そう言われて僕は初めて義務教育の終わりを感じた。もう自分は子供ではないと思った。子供という古汚い皮を遙か後ろに飛ばした気がした。まるでそれは這うしか能がなかった青虫が空を自由に舞える蝶になったかのように。しかし、それは間違いであったことに後で気づく。時は連続しているので当たり前と言えば当たり前ではあるが・・・。蛹という時間のブランクがない以上は、僕らは昔の皮を引きずって歩いている。
 
 義務教育の終わりという地点で一本線を引き、それより幼い頃を「子ども」とする。十八歳以上は車の免許も得られるし、あらゆる意味で「大人」と見なされる。よって、ここでもう一本線を引く。他にも種々線の引き方はあるかもしれないが、僕の引き方の場合、高校生という時期は大人にも子供にも含まれるというのが分かる。逆に、大人にも子供にも含まれないとも言えるだろう。
 
 先日、何処かの店で、ある音楽を耳にした。僕の知っている曲だった。タイトルは確か「十七歳の地図」だったと思う。その曲の中に「半分大人のSEVENTEEN'S MAP」というフレーズがある。初めてこれを聴いた時、不思議な気がした。共感とは言わないが、それに似た心持ちになったのは確かだ。「煙草」という歌詞もこの中にある。なぜ「十七歳の地図」という曲の中に「煙草」が入っているのかは言わずもがなだが、彼も僕らと根本的な部分は同じだろう。僕らくらいの少年は皆、大人が羨ましくて、早く大人になりたくて、そんな行動をする。勿論、大人はそんなことは許してくれないが。
 
 さて、「いまを生きる」という映画がある。舞台となるのはウェルトン・アカデミーという高校で、主人公は十六歳の少年という設定だ。偶然今の僕と同い年だ。この学校は進学校と言うことで校則がかなり厳しいらしいが、ある一風変わった国語教師と出逢い、自由を求めて様々な行動を起こす。結局、主人公は彼が最もやりたかった芝居を親に禁じられ、自殺をする。その教師は責任を取って退職し再び管理体制が敷かれる。
 
 物語の中で彼らは常に自由を求めていた。校則からの自由なんかではなく、本当の自由を。だが、その気持ちは大人には理解されない。彼らは「いま」やりたいことを試みる。洞窟で詩を吟じたり、恋におぼれたり・・・。ある人が言っていた。
 「子供の頃読んだ本を読み返してみても、なぜあのころあんなに感動したか分からない。」
 と。きっと、いましかできないことがあるのだろう。
 
 鳥は糸で縛られると羽をばたつかせてもがくだろう。籠の中に入れられると、飛びたいのを我慢しておとなしくなるだろう。放されるのなら彼はきっと大空を目指して飛んで行くのだろう。
 
 少年達は大人の成り方を教えてくれる彼に心ひかれる。当然だ、彼は大人になりたいのだから、そんなものは誰も教えてやくれないのだから。大人は禁止するばかりでやっていいことは教えて下さらない。
 
 高一の終わりに進路決めがあった。それは僕らにとってきっと将来の鍵となることは間違いない。この学校は全員が大学に進学するので進路調査票にも「就職」の欄はない。しかし、一般的にはそういう学校は少ないのかもしれない。
 
 高校に行かずに、或いは通いながらバンドを結成して、デビューを目指して頑張る奴、定時制高校に通いながら昼は働いている奴、聞く所によると様々である。僕はバンドを組んでいる人に
 「キーボードを担当してくれないか」
 と頼まれたことがある。小学校の頃僕はピアノをかじったことがあり、彼はそれを憶えてくれていたようだ。この学校にも何人かそういった活動をしている人もいるので了解しようと考えた。しかし、
 「デビューしたい。今度オーディションを受ける」
 という意向を伝えられて、私は悩んだ。どうせ受からないのだから、という気持ちにはならなかった。それは、受かることが難しいことを知らないこともあったが、それに加え、受かった中のほんの一握りが活躍しているという事実もあったが、彼らの真剣な頼みを中途半端な気持ちでは答えられないことが大部分だった。結局私は断った。学問の道と音楽の道を二つ比べるとどうしても針は学問を指している。
 
 可能性は少ないが挑戦する価値はあると思う。そんな道に進まないことを「逃げ」だとは思わない。が、未だに進路のぐらつく自分が残念だった。明日彼らに吹く風が今日より暖かいことを祈っている。
 
 私は早く大人になりたい気もするしこのままこの時を楽しみたい気もする。大人を羨みながら子供を懐かしがりながら今という自分を育むことが今自分にできるベストなことかもしれない。


坂口 洸(さかぐち・あきら)

現高校2年。

第28回男く祭記念文集 [ 目次 | 前のページ | 次のページ ]

Copyright (c) 1998, 坂口 洸, 第28回男く祭記念文集制作委員会, All rights reserved.