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ある日の会話

47回生  宮崎 秀幹

A「君は進路はどうするの?医学部?」
B「いや、多分違うと思う。」
A「違うと思うって、人事みたいに言うなあ。」
B「うーん、どうも医学部っていうのに気が進まなくて…」
A「どうして?」
B「いや、なんとなく…」
A「なんとなくって…君はいったい何になるつもりなんだ?」
B「科学者。」
A「今度は即答か…。で、何故に医学部じゃだめなの?」
B「なんていうかな…医学って、どう思う?」
A「どう思うって?」
B「僕はね、医学ってのは学問であっちゃいけないんじゃないか、と思ってるんだ。」
A「?」
B「つまり、自らの知的好奇心のためだけに医学を研究してはいけない。」
A「世の中のためにやれってことかい?」
B「うん、まあ、そういうことなんだけど…例えば、ほら、ちょっと前に、クローン人間を製造するとか宣言して、大騒ぎを引き起こしたアメリカの科学者がいたでしょ。
A「ああ、いたね。曰く、『クローン人間を造るなというのは、科学の発展を迫害するものだ。ガリレオの宗教裁判と同じ検挙だ。』とか何とか…。」
B「要するに、そういうことを言いたいんだ。本当は、科学の発展なんてそれ自体では何の価値もない。世の中の役に立って初めて、意味があるんだ。意味もなくクローン人間を造って『科学の勝利だ』と馬鹿騒ぎするなんて、どうかしてるよ。」
A「それがつまり、自分の知的好奇心のためだけに研究するってこと?」
B「そう。知的好奇心って、何となく高尚なもののように思われてるけど。結局『知りたい』という人間の本能的な欲求に過ぎない訳で、そういう意味では食欲や性欲と同次元のものじゃないかな。クローン人間や原爆を造っといて『科学の勝利だ、発展だ。』なんて言う人間は、自分の欲望のために人を殺す殺人鬼と変わりがないよ。僕に言わせれば。」
A「言うなあ。『知りたいから調べる』は医学では許されない、と言いたいのかい?」
B「そう。子供の好奇心とはスケールが違い過ぎる。基本的に『知りたい』ってのはわがままなんだよ。子供の場合は親が困るだけだけど、科学者は下手をすると地球を壊す。無邪気にね。」
A「うーん、でも、それは何も医学には限らないだろ。さっき君も原爆って言ったけど。どんな学問だって、つきつめれば人類を丸ごと滅ぼすぐらいの力はあるよ。現代の科学は。」
B「まあ、そう言われればそうなんだけどでもやっぱり医学は特別なんだ。知的好奇心とかいう軽薄な感情で生命を扱ってほしくない。…だから、病気の治療のために医学を研究する分はいいんだ。それは仕方ない。」
A「そういう意味で、学問ではいけない、と言ったわけ?」
B「うん。僕の感覚では、学問はホビーなんだ。ホビーで生命を扱うのはよくない。まあこれは、僕の勝手な定義だけど…。」
A「要するに、動機が問題なんだな。例えば件のクローン技術だって、基本的には移植治療とか、食糧問題とかのために研究されている訳だけど…。」
B「うーん、本当はそういうのも僕個人としてはまだかなり抵抗があるんだけど。でも、それは仕方がないと思ってる。」
A「医療行為は人間のアイデンティティだからな。」
B「そう、怪我や病気にかかった仲間を助ける。これを忘れたら人間じゃないよ。そしてそのために医学を進歩させるのも、当然の行為だ。」
A「たとえ自然の摂理に反しても、ね。」
B「反すると言うなら医療行為自体が摂理に反しているからね。」
A「でもホビーとしてはだめ、か。しかし区別はできないな。」
B「科学者個人個人の自覚の問題だからね。」
A「しかしそこまで考えているんだったら、君がちゃんと自覚して研究すればいいだけの話じゃないのか?君はよもやクローン人間は造らんだろう?」
B「そりゃまあ、そうかも知れないけど…。うーん、やっぱり『生命を扱う』ということそのものに抵抗があるのかなあ。」
A「動機が何であれ?」
B「これは僕の個人的な感情なんだけどね。やっぱり『生命を扱う』ということ自体が、ものすごく危なっかしいことに思える。仕方のないことだと分かっちゃいるんだけど…」
A「『僕は関わりたくない』?」
B「確かにそうだね。怖い、というのが本音かな。」
A「怖い、というのはその分野が未開だからだよ。まだ人類は『生命』の正体をはっきりつかんでいない。はっきり分からないから、SFに出てくるような、あんなこと、こんなことが起こりやしないかとビクついているんだ。」
B「可能性は決して小さくはないと思うけどゥB」
A「小さくはないさ。でも、原爆や水爆はすでに作られて、セットされて、地球を何度も壊せるだけの量がボタンが押されるのを待っているんだ。それなのに皆ほとんど恐がっちゃいない。分からないもの程恐いんだよ。本当はどの分野だって同じさ。一人のマッドTイエンティストがいたら、地球はいつでも滅びかねない。」
B「それでもやっぱり人間は研究を続けるんだね。」
A「そうさ。人間は科学の子なんだ。例えそれが神の意志に反していようと、人類は科学を進歩させることで、仲間を助け、社会を発展させてきたんだ。今更他の道はないよ。確かに君の言うようにホビーのために研究をするのは考え物だけど、未来をよりよく、より明るくしようとして研究するのは、これはもう人間そのものだよ。」
B「それでも人類が滅ぶなら、それは仕方ない、か。」
A「まあ、それはだいぶん大げさな話だけど。でも君も科学者になりたいというのは、そういうことだろ?」
B「そうだね。今より未来を、もっとすばらしいものにするために科学があると思いたいし、そういう科学者になりたいと思うよ。」
A「まあ、君なら地球を滅ぼすようなものは造らんね。保証するよ。」
B「それはどうも…。」
A「臆病だし第一それほど才能ないだろ、君には。」
B「……。」
A「まあ要するに、肩の力を抜けってことだ。進路を決めるのに、いちいちそんな大げさなことを考えてたら、ノイローゼになるぞ、きっと。」
B「かも知れない。」


宮崎 秀幹(みやざき・ひでき)

現高校3年。

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