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Yahoo!というロールモデル

39回生  孫 泰蔵 (tson@indigo.co.jp)

 僕は現在インターネットの技術を用いたソフトウェアやシステムの開発を行うインディゴ(http://www.indigo.co.jp)という会社を経営しています。

 ご存知のように、インターネットは数年前から話題にのぼりはじめ、みるみるうちに世界中を席巻しました。現在ではインターネットをはじめとしたデジタル情報通信ネットワークが、一部の人々のためだけではなく、きわめて重要な社会的インフラストラクチュアとして急速に整備されつつあります。

 情報ネットワークの台頭は多くの人々に新しい社会の可能性を提示しました。東京大学社会情報研究所の須藤助教授(http://www.sudoh.isics.u-tokyo.ac.jp)は「複合的ネットワーク社会」という言葉で、重層的かつ複雑なコンテクストの連関を形成する新しい社会を形容しましたが、僕はそのような世界中に張り巡らされた情報ネットワークが開く新しい地平を見据え、そこにふさわしいモノやサービスを提供していく会社を創っていきたいと考えています。

 ネットワークによって結び付けられるその両端は、結局のところ「人」です。僕は情報技術自体に興味があるというよりも、むしろ、ネットワークにより結び付けられた人々がどのようなことを行い、結果としてどのような新しい果実を実らせるかに興味があります。

 クリエイティブな部分で各個人が己の持つ力を存分に発揮してもらい、さまざまなインプロビゼーションとコラボレーションに支えられて新しいものが作り上げられる。その中には様々な試行錯誤と困難があるだろうけれども、同時にかけがいのない一体感・達成感とすばらしい成果が得られる。このようなあり方を「常態」として物事を進めていくような、しかもそれが目覚しいスピードと効率とクオリティーを生み出すような、そういう企業組織を作ってみたいと考え、思いきって学生時代に会社を設立しました。その間いろいろと人には言えない苦労を経験しつつも、なんとか順調に発展し現在に至っています。

 そもそも僕がこのようなことを志向するようになったきっかけも、人との出会いでした。Yahoo!(http://www.yahoo.com)という世界的に有名なインターネット情報検索サービスを創業したJerry Yangさんという方との出会いが、僕の人生をダイナミックに動かし始めるきっかけを与えてくれました。たった2年ほど前のことですが、もうはるか昔のことのように感じられます。

 当時、彼と共同創始者のDavidさんはスタンフォード大学の大学院生で、ひとまず大学院は休学しYahoo! Inc.をどんどん盛り立てていこうとしているところでした。96年の1月に来日された時に初めてお会いしたのですが、彼はシリコンバレーの若者よろしく、よれよれのシャツにジーンズ姿で僕の前に現れ、「よろしく」と声をかけてきました。その頃Yahoo!はまだ30人にも満たない会社で、彼の友人や大学のつてで集まってきた仲間が中心になってわいわい言いながらやっていました。思った以上に若い人だな、あんまり俺と変わらんやん、と自分の若さを棚に上げて思ったのですが、彼はそのわずか半年後には、NASDAQ(米国株式店頭市場)でIPO(Initial Public Offerings = 公募)を行い、一夜にして数百億円の資産家になってしまいました。僕は幸運にも米国ハイテク・ベンチャー企業の大ブレイクを実際に目の当たりにし、そのダイナミズムを肌身で実感することができたのです。ただ、今流行りの若きハイテク・ベンチャー企業の神話はこれまでそれこそ無数に語られてきましたし、多くの事実をマスコミ等で見聞きし、皆さんもそれほど新鮮味はないと思います。僕も一番身近なところで兄、孫正義が経営するソフトバンクの発展の経緯を見てきましたから、株式公開による企業成長のダイナミズムについては知識としては知っていました。

 しかしながら、「知識として知っている」ということと「肌身に感じて実感する」ということの違いをこれほど実感することはなかった、と、今ふりかえってそう感じます。MicrosoftのBill Gatesをはじめとして成功した人々はなかば伝説的に語られ、凡人とは別格だと、皆さんも書物やマスコミを見ていると感じると思います。しかし、現実は必ずしもそうではないということを僕は実感できたのです。実際にはみんなすごく素朴なことで悩んだり、不安になったり、いろいろと苦労したりしているんだ、ということです。それは考えてみれば至極当然のことですけれども、それを知識のうえでだけではなく、自分にとって身近に感じられることにより、「ひょっとしたら自分にもできるのではないか…」と思えたことがすごく重要だと思うのです。

 Jerryさんは僕と4歳ほどしか違いません。ライフスタイルもすごく似ているし、考え方にもとても共感でき、ビジネスマンとして目覚しい業績を挙げている経営者であるにもかかわらず、考え方も行動もとても自由でした。彼は「Yahoo! Japanを立ち上げた後は、Yahoo! KoreaとYahoo! UK、Yahoo! Australiaを立ち上げるワールドツアーに出るんだ」と言って、目を輝かせていました。僕はそれを見て「なんだかロックミュージシャンみたいでかっこいい!」と素直に感激しました。そしてマネジメントのプロであるTim CoogleさんがCEOとしてYahoo!を投資家にとっても魅力ある企業にするため心血を注いでおり、そのプロフェッショナルぶりにもまた別のかっこよさを感じました。彼はMotorolaという大企業の副社長をしていたにも関わらず、わずか30人足らずの若い企業に入ってこられた方です。彼をヘッドハンティングしてきたのはセコイア・キャピタル(http://www.sequoiacap.com/)というベンチャーキャピタルなのですが、ベンチャーキャピタルがベンチャー企業にとって本当に重要な役割を果たし、しかもそれに応えて現在約束されている地位を捨ててでもベンチャー企業で勝負してみようという精神的土壌など、米国のベンチャー企業を支援する体制の厚さにも感動しました。

 Yahoo!はこのようにとても魅力的で実力を持った企業なのですが、しかし、それも最初から用意されていたものではありませんでした。Jerryさん達がいろいろと試行錯誤を繰り返しながらたどり着いた道程なのです。僕はYahoo! Japanの立ち上げに参加し、一から立ち上げるというなかで、自分自身いろいろと苦労しながら彼らのたどった道程をある程度シミュレーションすることができたのだと思います。その率直な感想として僕が抱いた結論が「ひょっとしたら僕にもこのような企業を創っていくことができるんじゃないか」ということでした。

 それをある方にお話ししたら、「君はたいへん良い『ロールモデル(Role Model)』を持つことができたんだね」とおっしゃりました。ロールモデルとは一言で言えば自分にとって考えの基準となる「参考」の役割を担うモデルのことを指します。たしかにそのとおりだと思いました。彼らに会わなければ、そして自分もやれると思わなければ、きっと僕は起業などしなかったであろうし、最初に述べたようなことを志向したりもしなかったと思います。人が飛躍的に成長するには良いロールモデルが必要だ、ということをその方は主張していらっしゃったのですが、得心のいくことしきりです。

 なにか新しいことに挑戦する際には、考えてもみなかったような様々な困難や苦悩があることでしょう。実際現在の僕の境遇がまったくそうです。これまでもいっぱい失敗を犯してきたし、悩みで眠れないで夜を明かしたり、胃腸がクラッシュしたりしています。なにか新しいことに挑戦しているなら、それがそう簡単にうまくいくわけがないし(うまくいくと考えるほうが尋常ではありませんね)、これも当たり前によく言われることですが、並大抵の努力で誰もやっていないことを成功させることなどできるわけもありません。兄がよく「頭がちぎれるくらいよく知恵を絞れ」と言うのですが、それは決して大袈裟なことではないと思っています。

 ただ、「言うは安し」で、決断して実行するのはとても辛く苦しいものです。しかし、それは新しいものを生み出すまでの産みの苦しみであり、きっとその苦しみを超えたときの喜びや充実感はとてもすばらしいものであると思います。様々な困難を克服し、素晴らしい成果を実現できた、という自分自身に対する達成感。自分一人の力はたかがしれているけれども、みんなで力を合わせればこんなすごいものができるんだ、という喜びと驚き。その喜びを多くの人と共有できる嬉しさと充実感。僕はそういう喜びや充実感を感じられるということにこそ、やりがいや生きがいを感じるのだと思います。

と、そのようなことを考えながら僕は楽しい日々を生きています。


孫 泰蔵(そん・たいぞう)

1972年 福岡県にて生まれる
その後、佐賀県鳥栖市でのびのびと育つ
1988年 私立久留米大学附設高等学校入学。
1993年 東京大学文科U類入学
1995年 同経済学部経営学科進学
1996年 インディゴ株式会社設立

会社概要
設立 : 1996年2月
WEB : http://www.indigo.co.jp
E-mail : info@indigo.co.jp
事業内容 : インターネット関連のシステム開発
インターネット関連のソフトウェア開発
ウェブサイト等のコンテンツ開発
データ通信回線のコーディネート
資本金 : 1000万円
従業員 : 20人(1998年4月現在)

 インターネット専門のソフトウェアベンダー/システム・インテグレーターとしてイントラネットシステムやECサイトの開発に従事。現在国内外の大規模ウェブシステムの開発プロジェクトに参画し、最先端分野での実験プロジェクトにも多数従事。

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