第28回男く祭記念文集 [ 目次 | 前のページ | 次のページ ]

弁護士日記から

33回生  本村 健太郎

 月曜日。午前10時に新宿の事務所に出勤すると、もう最初の相談者が待っていた。
 「毎月の返済額が20万円にもなるんです。」
 小林さんという30歳の男性は、そう言うと、財布から10枚くらいのカードを取り出し、机の上に並べ始めた。
 「武富士。アコム。プロミス。レイク。ゥv
 小林さんは、昔を思い出すように語り始めた。
 「最初に借りたのは4年くらい前です。たまたま給料日の前にお金がなくなっので、軽い気持ちで、駅前の『むじんくん』に寄ってみたくなったんです。そしたら、その場で簡単に現金5万円を借りられたんです。これは便利だなと思いました。」
テレビCMでおなじみの無人契約機の普及により、気軽にカードを作って簡単にお金を借りることができるようになった。便利には違いないが、借金であることを忘れてはならない。
 「それ以来、ちょっとお金が足りないとき、よく借りるようになりました。5万円や10万円なら、いつでも返せると思ったんですがゥB」
 小林さんはふっと、ため息をついた。
 「気がついたときには、半年間くらいのうちに、50万円くらい借りていました。それくらいの金額になると、もう給料だけでは、毎月の返済ができなくなってきて、返済資金のために別の業者からお金を借りるという悪循環になってきてゥB
 呆然としたように、小林さんはつぶやいた。
 「今では、借金の合計が400万円近くになるんです。」
 私は、事務机の中からハサミを取り出し、小林さんのカードを一枚づつ手にとって、ハサミで真っ二つに切った。
 「武富士。アコム。プロミス。レイク。ゥv
 すべてのカードを切断し終わると、私は、小林さんに言った。
 「カードは全部、業者に変換します。今日から、貴方は、一切、新しい借金はできません。今ある借金をどうするかは、これから相談しましょう。自己破産という方法もありますから、考えてみてください。」
 小林さんはうなずいて、黷驍謔Aがんばります。」と答えた。

 午前11時45分。霞ヶ関の東京地方裁判所へ移動。午後1時から担当している国選弁護士の裁判がある。
 その前に、地下1階の大食堂で昼食をとる。ここには、裁判所に出入りする色々な人たちが集まる。裁判所の職員や弁護士はもちろんのこと、民事裁判の当事者、マスコミ関係者、芸能レポーター、裁判を見学に来た学生グループなど。
 「人が手錠はめられてるのを初めて見たよ。」
 午前中、刑事事件の裁判を傍聴した学生のようである。
 私も、学生時代、初めて刑事事件の裁判を傍聴したときのことは、よく覚えている。窃盗の事件であったが、被告人はまだ20代前半の若者で、外見は悪人という感じではなく、なんとなく病弱な青年という感じの男であった。その被告人が手錠をはめられ、腰ひもを巻かれて刑務間に引っ張られ屡用にして入廷してきた姿を見て、異様な光景に思えて、瞬間、ぞっとしたのを覚えている。
 弁護士を長くやっていると、いつのまにか、そういう新鮮な感覚を忘れてしまいがちになる。仕事とはいえ、あまりに慣れ過ぎて事務的になってしまうのは好ましくないと常に自戒している。

 午後1時。東京地方裁判所603号法廷。覚せい剤取締法違反事件の第1回公判。被告人の男性は36歳。飲食店従業員。覚せい剤を所持していたところを逮捕された。尿から覚せい剤が検出され、覚せい剤を注射していたことを認めた。
 「もう2度と覚せい剤はやりません。」
 静かな法廷に力強く響きわたる被告人の誓いの言葉は、心なしか、むなしく聞こえた。
 実は、彼は約五ヵ月前にも、今回と同じ覚せい剤取締法違反の罪で裁判を受けており、その時は執行猶予付きの判決をもらって釈放されている。その矢先に起きた今回の事件である。
 「寛大な判決をお願いいたします。」
 そう弁論する私に向かって、裁判官は一瞬、冷たい視線を投げかけたような気がした。

 午後3時。テレビ朝日「土曜ワイド劇場」スタッフルーム。名取裕子さん主演の2時間ドラマ「法医学教室の事件ファイル」シリーズの企画会議に参加。
 私は法律監修の立場から脚本を手直しするほか、役者としても少しだけ出演させてもらっている。高校時代、演劇部の部長として全国大会まで勝ち進んで以来、この世界とは縁を切れずにいる。

 午後4時。練馬の東京少年鑑別所。母親の依頼で、少年Aと面会。17歳。高校中退。無職。中学時代の同級生を殴って、現金約2万円を巻き上げ、恐喝の疑いで警察に逮捕された。
 「4、5年前、中学生の時に、ヤクルトと西武の日本シリーズで、どっちが勝つか1000円賭けたんですよ。そのころは西武まだ強かったころで、そいつは、『西武がヤクルトなんかに負けるはずない』とか言ってたんだけど、結局、ヤクルトが勝ったんですよ。そしたら、そいつ、『払う、払う』とか言いながら、結局、卒業するまで払わなくて、卒業式の日に『今日、払うから来い。』とか言って呼び出しておいて、そんで、結局、待ち合わせの場所に来なかったんですよ。そんで、すっげえ、アタマに来て、今度会ったら利息つけて払ってもらおうと思ってたら、久しぶりに駅前でばったり会ったんで、『なんで、あんとき来なかったんだよ』って言ったら、シカとされたから、思い切りキレちゃって殴っちゃったんですよ。」
 少年Aはそれだけ言うと、今度は背筋をぴんと伸ばして、こう言った。
 「でも、俺、ここを早く出て、もう1度、高校に行きたいんですよ。」
 ちょっと意外な言葉だったが、少年Aは真顔だった。
 「高校中退したときは、何も考えてなかったんですよ。でも、今は、自分の目標みたいなものが、はっきりしたんですよ。」
 少年Aは、少し誇らしげに言った。
 「俺、バンドやってるんですよ。で、将来は、音楽関係の仕事をやろうって決めたんですよ。でも、それには、高校卒業しないといけないから、高校に入り直そうと思って、もう、そのつもりで準備してたんですよ。定時制の都立高校の編入試験を受けようと思ってるんですけど、俺の場合、高2の時に中退したんで、2年生から編入できるらしいんですよ。だから、その試験までに、ここを出たいんですよ。」
 ウソでも本当でもいい。これだけしゃべれれば、上出来だ。家庭裁判所の審判は3週間後に開かれる予定だ。

 午後6時。法友会の会合に義理で出席。法友会というのは、私の所属する東京弁護士の中の一派閥である。弁護士会の中にも、こういう派閥がいくつかあって、それぞれが弁護士会の役員選挙などの際、独自の候補者を立候補させて選挙戦を展開する仕組みになっている。ちょうど政党内の派閥活動と同じようなものである。私はまったく興味ないが、弁護士会の会長とか副会長と言った肩書が欲しい人は一杯いるようである。
 酒の酔いも手伝って、場は盛り上がり、いつしか完全に選挙の応援演説会になってきた。
 「○○先生、万歳!万歳!」
 はて、これも、弁護士の仕事の一部なのだろうか。ほろ酔い気分で、そんな事を考えつつ、二次会の誘いを断って家路についた。


本村 健太郎(もとむら・けんたろう)

弁護士。東大法学部卒。

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