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自然誌博物館という職場

25回生  吹春 俊光

 明日から開催予定の展示の準備を夜の展示室でしていたり,誰もいない広い標本庫できのこの標本を整理していたりするときに,ふと,博物館に勤めるようになるとはね,と思うときがある.子供のときに働くおじさんというNHKの教育番組があって溶鉱炉で働くおじさんなんかを見たりしていたけれど,そんな世代になっている自分自身を改めて自覚する.職業として博物館に勤務し,きのこを調査すること(これが私の専門である)に対して給料が支払われる,そんな風な境遇である.給料は問題にならないくらい安く,附設の卒業生の中でも,おそらく最低層ではないかと思う.でも,これで十分暮らしていける.結構,愉快で有意義な職業だ,と思っている.

高校での私
 高校で進学先を選ぶときに,"農学部"と答えて,友人に"あっ"と言われたことがある.今の附設生で農学部を積極的に選ぶ人がどれくらいいるだろうか.高校生の私に,今の進路への直接の影響があったのは今西錦司であった.水棲昆虫から生態学に進み,棲み分け理論をうちたてた人.あと探検とか栽培植物などの文化への興味.要するに,まるで子供だが"探検家"を夢見たのである.高校生にとっての大学の情報はとても少なく,あこがれの人たちがどんな経路をたどってその職業にいきついたか,くらいしか情報がなかった.当時得た情報では,今西錦司は京都大学の出身で,探検は農学部と文学部がやっているらしかった.
 高校では一生懸命勉強はした,が,成績は中くらいだったと思う.勉強の他に活路があまりない附設高校は,当時の私にとってあまり愉快なところではなかった(ような気がする).でも貴重な先生達がいた.たとえば現代国語の西原先生が配る"週刊現代国語"は毎週楽しみだった.成績のいいひとたちは別にして,成績のふるわない貴方達,今になって思えば,高校の成績の"順位"はあまり気にする必要はない.附設に在籍する貴方達は,十分能力はある.その能力さえあれば,進学であまりうまくいかなくても,なんの問題もない.まだ先は十分長い.ただ,興味のあることを,そして必要なことを,よく勉強することはとても重要なことだ.そして,ひとつのことを一生懸命やることも重要なことだ.真面目にやるしか方法はない.それでだめであれば,あきらめもつくではないか.(なんだか数学の徳永先生に笑われそうだ.ほんまかいな,って.彼は私の大学のときの同級生で同じ学部,学科だった.何でも知っている.)

大学の影響
 大学にはいって,大きく2回くらい自分自身が変化した.とても大きな変化だった.こんな変化はもう一生ないだろう.ひとは十代の終わりから二十代の前半を過ごした環境にものすごく大きく影響されるようである.大学に入るまではみんな同じような人間なのに,大学を出るころになると,大学の色が全身にしみわたっている.そして,その大学の影響はずっと残る.これは不思議なことである.そして同じ大学でも学部によっても少し違う.理学部なんかは学生から教授まで,ひとりひとりが一人前の研究者であり,同じ土俵で,同じ技でかみつきあっている.農学部,医学部,工学部なんかは実学の影響下にあるらしく,ちょっとちがう.理学部出身者が医学部の助教授なんかになったりすると,ものすごく苦労する,らしい.学生自治会からして,すでに学部の雰囲気が色濃く出ている.つっこむしかない農学部,議論にあけくれる文学部,かっこいい理論が得意な経済学部. 大学のあたりはずれは,ある,ような気がする.入るのが難しい大学だからといって,当たり,だとはいえないのではないか.個人の興味と資質,あとプラス何か,がうまく大学にあえば,たいへんな拾いものである.私が大学で得たものは,沢山の友人,今の職業へ至る興味と技術,そして互いに大切にしあう先輩・後輩である.この三つはうまく説明できないが,大学の時代にしかつくれなかったものだと思う.大学のときのゼミのURLを書いておきます.
農薬ゼミ:http://130.54.62.204/KGRAP/homepage.html
(ここのhttp://dicc.kais.kyoto-u.ac.jp
   /KGRAP/Rutsubo/RutsuboParty/contents.html
に私のこの文と同じようなものが入っています).
芦生ゼミ:http://130.54.62.204/ASHIU/index.html
これは単位と関係のない,勝手にやっていた,いわゆる自主ゼミと称するもの.

博物館という職場
 人は自然とともにあり,それぞれの風土によって,多様な生活様式が,言語(方言)や宗教までもが,つちかわれたように,我々もそれぞれの風土にあわせてデザインされてしまう,かように我々人間はきわめて生物的な存在なのである.にもかかわらず,多様な自然は平均化され,テレビによって言語は均一化し,山と海は一様な建物でおおいつくされる.なんの変哲もない津々浦々で,かつては見られたであろうような,すばらしい多様な生物群集はもうほとんど見ることができなくなりつつある.これは世界的な規模の現象である.いったい,身の回りの植物や鳥をはじめとする普通の生物の名前を言い当てることのできる人が何人いるだろうか.沖縄には浜下りといって,年に一度の機会に潮の引いたラグーンで海あそびする女性の習慣があるが,そのとき地元のおばあちゃんと話しをしたことがある.そのおばあちゃんは海辺でとることのできる生物の種類を100種くらい方言で言い当てることができると言っていたことを思い出す.でも,もうほとんど捕れなくなった,とも.きわめて生物的な現象である我々人間存在と,急速に均一化する自然環境.
 我々をとりまく身の回りの自然をきちんと把握し,そのうえで,われわれの行く末を案じることは是非とも必要である.おおげさに言えば,我々の未来を見渡す役割をもった場所としての役割を自然誌博物館は,もっているのではないか,と思う.我々は,たかが数万年から数千年の人類の歴史を,文化財として貴重視するが,数億年の歴史をもつ生物を,数十万年の歴史をもつ郷土の生物の歴史を,記憶し,残し,活用していく仕組みが,いったいどれだけ世界に,そして日本にあるだろうか.
食べられるきのこを教えれば,おばちゃん達に評価され,きちんとした仕事をすれば,国際的に評価される(いつかは,と思っているのですが),そんな仕事が私の職業です.


吹春 俊光(ふきはる・としみつ)

1959年3月;福岡県八女郡立花町に生まれる.
1977年;高校卒業(25回生),1年間補習科へ通う.
1978年;京都大学農学部農林生物学科入学
1982年;同上,大学院修士課程進学.
1984年;同上,大学院博士課程進学.
(大学在籍9年)
1987年;千葉県立中央博物館準備室へはいる(千葉県教育庁の職員)
1989年:千葉県立中央博物館開館,現在に至る.
(今の職業について今年の3月で丸11年)
大学では菌類生態学を専攻.いわゆるきのことよばれる仲間の生態と分類が専門で,今は大学のときに勉強しそこなったきのこの形態分類の勉強をしているところです.

博物館:http://www.chiba-muse.or.jp/natural/index.htm

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