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教育について考えたこと

48回生  神保 一徳

 最近、少年犯罪の凶悪化もあって日本の教育システムを見直そうという動きがここ数年ますます大きくなり、またその一部はすでに実行に移されている。そんな話を他人事のようにテレビや新聞で見聞していたが、このことは自分たちがこれからの時代に生きていくにあたって考えていかなければならない問題だと、中学のときよりは少しだけ成長したと思われる自分の頭でいろいろ考えてみた。
 現代社会の人間は、常に他人に評価される事によって自身の社会的地位を構築していく。近所の人の評判や学校の先生の評価が日常生活や将来にさえも大きく影響する。特に自分たちのような高校生は担任の先生なり教科の先生に日ごろから評価される身である。
 逆に評価する側の立場から見ると、評価には大きく分けて二つの方法がある。その人物の性格や人格を評価する主観的評価と、試験の点数などの客観的基準にのっとって行われる評価である。
 現在の日本社会の流れは、前者のような人格重視の方向に向かっている。文部省も「心の教育」というスローガンの下に、カウンセラーの設置、公立学校からの業者テストの排除、医学部入試への面接導入、推薦入試枠の拡大などあらゆる教育改革を行ってきた。だが、そのような流れの中でも偏差値は残り、(減少傾向にはあるが)まだ大多数の上級公務員の椅子は東大卒の人間が占めている。
 この理由のうちの一つとして、僕は数字に対するある種の信仰みたいなものが我が国に浸透しているためだと考える。たとえば、人の性格などの判断は、あくまでそれをする人の主観に基づくものでしかない。そして判断する人のその日の機嫌なども影響してこないとも限らない。その点、数字は普遍的なものであり、見た目は公平である。今まで、そう信じられてきたから、数学的発想やら国語的読解力までも数字化し、それをならべて優劣をつけてきたのだ。このように極端に客観化された数字は、「公平」という大義名分の下、不思議な説得力を持っていた。だから、数字を多くとった人間は優遇されてきた。その上、人の性格を言葉で表現するのは難しいが、数字であれば0,1,2,3,4,5,6,7,8,9の十の記号で事足りてしまうのである。つまり、数字は「モノ」であるから、機械的客観的に扱うことが可能であるが、人のこころは物質的な「モノ」としてしばれるものではない「こころ」なのであり、その人本人にしかわからないのだから、測れる「モノ」に頼るしかないというのが今までの流れだった。
 しかし、この極端な客観化は受験地獄という巨大なひずみを生んだ。そして、増加する少年犯罪の一因とされさえもして、一転して偏差値教育は悪とされたのである。今まで切り捨てられてきた人の心を何とかして評価の対象としようと今も模索は続いているのだが、ここでいったん否定された筈の数字が再び幅を利かせているのである。その例としては、公立中学校における通知表評価、いわゆる内申点がある。これは定期テストの成績だけでなく、授業態度、提出物などの平常点を考慮して付けられる点である。しかし、果たして実技教科や授業態度が点数で表されるべきものなのだろうか。その上、地域によっては生徒会活動や学校外のボランティア活動までも点数化してしまうところさえある。これでは、生徒が希望高校に入るためには、「いい子」にならなければならない。この重圧は偏差値教育時代のそれよりも大きく、これが冒頭で述べたような今の中高生犯罪の凶悪化につながっているという指摘さえある。
 これらの事より、今の日本では人の性格までもを数値化している様にも思える。それは主観的判断にできるだけ客観性を持たせたいという考えに基づいているのではないか。人間は客観化したものの扱いに関しては慣れている。だから、数値化できるものはそうしてしまう。受け取る側も、数字にされてしまうと妙に納得してしまう面もある。しかし、それが正しいということではない。通知表から数字による評価を廃し、先生の所見のみを載せている学校もあるという。
 このように自分の考えを述べてきたが、自分は数字での評価を絶対悪としては見ていないものの、批判的な見方をしている。ただ、今の受験制度が続く限り、偏差値はなくらないし、筆記試験が消えることもありえない。そして自分が大学進学を希望する以上は勉強しなければいけない。理想を言えばきりがないが、とりあえず社会のシステムに従い、勉強していかなければならない状況下に自分はあるのだと認識し、一点でも多くの点数を取るべく努力していかなければいけないのか、と担任のS.K先生の顔を想い浮かべながらため息を吐いたのだった。


神保 一徳(じんぼ・かずのり)

現高校2年。

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