第28回男く祭記念文集 [ 目次 | 前のページ | 次のページ ]

キレル少年たちの自立を阻むもの

6回生  鳥越 俊太郎

 今回、記念文集が発刊されるそうで、おめでとうございます。私たちの在学の頃を考えると、本当に隔世の感があります。生徒会活動もなければ、クラブ活動もない。あるのは毎月実施される模擬テスト、という高校生活に比べると、自ら文集を編むというのはなんと素晴らしいことでしょう。私達はそんなことを夢想だにしたことのない、まことに他愛もない、幼い高校生だったような気がします。
 さて、現在の附設高校生たちの、そんな志を持った、自立した心のありようを見るにつけ、最近日本全国で頻発している少年達の凶悪犯罪のことが気になります。これが同じ世代の話なのだろうか、と。今、凶悪犯罪と書きましたが、現在私達が目にしているのは、従来の概念でいう凶悪犯罪ではなく、大人達からすると何故そんなことをしたの?と首を傾げざるをえない、そんな不思議な、しかし、結果においてはまことに凶悪な行為です。
 栃木県で起きた、中学三年生の女性教師刺殺事件。東京都の同じく中学生による警官襲撃事件、埼玉県の同級生刺殺事件。一昔前なら何年に一遍あるかどうかと言うぐらい珍しい事件が短期間に連続して発生しています。事件を起こした中学生はいずれもそれまで凶悪という言葉とはおよそ縁のない、いわゆる普通の少年達でした。マスコミではこうした少年達の、従来の概念ではとらえられない、不思議さを「きれる」と言う風に表現している訳です。
 私は昨年ある雑誌に書いた原稿の中で、こうした子供達のことを「キレル症候群」とか「自動販売機症候群」と呼ぶことで、今後、大人達の理解を越えたこの手の事件が多発するだろう、と予想していたのですが、不幸にしてその予想は当たってしまいました。
 教育評論家や学者、社会評論家、そしてマスコミがいろいろに解釈、評論を試みていますが、私の結論はこうした異常な事件の背景にあるのは、今の子供達を全般的に覆っている「幼さ」−「幼児性」だろうということです。比喩的に言えば、15歳の体(それも今の大人より大きな体格)と3歳児の心を持った少年、ということです。15歳の中学生が15歳の心を、持って行動していると思うから不思議に見えるわけですが、3歳児がナイフを持っていると思えば不思議でもなんでもありません。ナイフで人を刺せば相手は死ぬかもしれない、相手は苦しむだろうし、親や家族は悲しむだろう、自分の親も悲しむだろう、そしてなによりも自分が逮捕されて人生はめちゃめちゃになってしまうだろう、という想像力を普通に成長した15歳の子供なら持っているはずですが、3歳児にはそんな想像力はまだ備わっていません。
 事件を起こした少年達には本来身に付いているはずの、その肝心の想像力が完全に欠落しています。その他の精神面は人並みに備わっていますと、想像力の部分だけが欠落しているその少年を大人達は、いや親でさえ見誤り「普通の少年」と誤解をしてしまいます。だから事件が起きてびっくり仰天するわけです。
 今の少年、少女達を覆っている幼児性はつぎのようないくつかの分野でみられると私は推察しています。
 1.自己抑制力
 2.想像力
 3.人間関係能力
 4.社会規範力
 5.表現力
 6.現実感知能力
 7.抽象能力
 精神面のアンバランスな発達状況。一口でいうと幼さ−幼児性これを作り出しているのは豊かな社会そのものであり、親や教師つまり、子供達を取り巻くすべての環境が子供達の成長と自立の足をひっぱっているのではないか。そこの所をちゃんと押さえて家庭や学校での子供への対し方を変えて行かない限り「普通の子」の「凶悪犯罪」は後を絶たないだろうと思えます。

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鳥越 俊太郎(とりごえ・しゅんたろう)

1940年生まれ。京都大学文学部卒。毎日新聞大阪社会部、テヘラン特派員、サンデー毎日編集長を経て、テレビ朝日「ザXクープ」キャスター。

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