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地球科学と社会の接点――兵庫県南部地震後の調査を通して

19回生  竹村 恵二

1. はじめに
 久しぶりに母校の後輩から連絡がきた.それも,e-mailを通しての連絡であった.原稿の依頼である.電話連絡もあり,引き受けることにしたのだが,<卒業生と在校生の今>を集め,一つの形にするという企画で,内容,形式,分量すべて自由となると何を書けばよいのか迷っているうちに,原稿締切がせまってきた.最近,e-mailによる投稿が可能になったが,結局締め切り近くにならないと書き出せないのは以前と少しもかわらない.結局,最近の自分の考えを思いつくまま述べていくことにして,卒業生としての役目を果たすしかなさそうだとの結論である.
地球科学(地質学や地球物理学など)の研究をしていると,災害という課題に直面することがよくある。1995年1月17日未明に発生した兵庫県南部地震による阪神・淡路大震災は,地球科学者に多くのことを考えさせ,学ばせた地震であった.地震発生以後多くの調査や委員会にたずさわってきたが,地球科学の研究の現状と,社会から要求される内容のギャップの大きさに愕然とすることも多いこの3年間であった.
 ここでは,地震発生から被害の発生とその後の地球科学の対応,さらに行政も含めた地球科学情報の市民への公開に関して考えてみる.この文章の骨格になっているのは,日本地質学会で発表された"1995年兵庫県南部地震調査の種類と概要"という論文や新聞の論説である.

2. 兵庫県南部地震
 兵庫県南部地震は,1995年1月17日未明に明石海峡付近を震源として発生し,阪神・淡路大震災と名付けられた大被害を神戸を中心とした地域に与えたマグニチュード7.2の直下型地震である.
 兵庫県南部地震発生後の緊急の調査やまとめのなかでもっとも社会や研究者の目をひいたのは,震災地域の総称としての「震災の帯」(東大地震研究所の嶋本利彦教授により岩波書店発行の雑誌科学に1995年掲載された)という表現であった.すなわち,今回の地震は地震そのものの規模よりは,地震災害としての側面に学問的関心が集まったのである.したがって,今回の地震に関しては,兵庫県南部地震での地震発生―地震波の伝播―地表の振動―地表の変形・変状―被害(阪神・淡路大震災)の関連性と,それを明らかにするための情報は何かを見つけだし,まとめていくとともに,それらを土台として,新たな調査研究をすすめることが望まれていた.
 1995年1月17日阪神・淡路地域を中心に大被害を発生させた兵庫県南部地震と関連した地球科学現象の調査は,非常に多岐にわたっている.対象とする分野が多岐にわたることはもちろんであるが,関連する学会,官庁,地方公共団体,大学,地質コンサルタント,公益企業,建設土木関連企業など多くの組織や個人が多くの労力を地震関連の調査に費やし,多くの情報を蓄積してきた.

3. 地震発生前,地震時,地震後の地球科学的調査
 地震が発生するとまず,地球科学的情報(活断層位置や規模,地震や地下の情報など)はないかと情報収集がはじまる.このような地球科学基礎情報はつねに重要な情報を含んでいるが,実際は地震などの自然災害が起こったあとに存在が知られ,説明のために使用されることが多い.兵庫県南部地震で被害を受けた地域は,実は日本のなかでも多くの地球科学的情報があり,またかなり情報がいろいろの方法で公的に知らされていたことが指摘できる点は重要なことである.
 地震時には地震そのものの情報が獲得される.震源位置やマグニチュード,さらに揺れの強さである.
 地震後に獲得できるデータは,地震直後から精力的に収集された.被災や地表の変状,測量,そして余震の観測などである.地震発生から時間がたつにしたがい,地表の様相が大きく変わり,地表踏査は時とともに困難になる.また,今回の地震のように被害が広域にわたり,調査に使用できる交通機関がほとんど壊滅した場合,広域にわたる現地調査は個人では困難を極め,多人数で実施する場合もその判断基準の統一という問題が横たわっていた.
 地震後3年間で,国や都道府県,大学などによりかなり大規模の調査が企画・開始され,現在も継続されている.活断層の調査が国をあげてこの2年以上行われてきた結果,詳細な活断層の位置と規模に関しては,多くの成果があげられてきた.最新活動時期や変位量,再来周期に関する情報も整理されつつある.これまで研究者の地道な努力の継続によって少しずつ蓄積されてきたこの種のデータが,100近い活断層について,日本全国均質な精度での情報として整理することが可能になった.また,反射法地震探査という地下の構造を明らかにする手法により,地下に埋没した活断層の特徴や,地下構造の様相が把握され,地震動のシミュレーションにも積極的に利用されている.
 今回の地震を契機に実施された大規模調査の成果を,地震発生―地震波の伝播―地表の振動―地表の変形・変状―被害の関連性についての議論に生かす努力が現在続けられている.

4. 如何に使われるか(社会との接点,情報公開)
 情報はあっても知らない,使えない,理解されない.これが,今回の地震に際して,地球科学関係者が肝に銘じなければならない点である.たしかに多くの情報が存在することを関係者は知っていた.ただ,地震後に収集された論文などの資料には,同じ地域でありながら,異なるまとめがされている例,また一部分のみで全体にわたる精度が確保されないなどの問題があり,情報を総合的に整理して提示することの必要性が指摘できる.
 地震後の調査には,高額の研究費が交付されているため,それらの情報の公開と資料・試料の使用などに対する要請が今後高まると思われる.このような情報の公開の方法も合わせて考える必要がある.地球科学情報の公開にとって,理学系研究者の協力はかかせない.理学系研究者はともすれば個人ベースに終始しがちであるが,地球科学者は地球科学情報の説明役としての役割の重要性を認識する必要を迫られているように感じられる.
 阪神・淡路大震災が起こって以来,地域の方からの大学や研究所への問い合わせが質・量ともに変化してきた.活断層という学術用語が非常に身近なものとして市民生活の中に入るとともに,日本の活断層の図を開けば,日本中の活断層の分布を入手することができる.具体的な地名や場所を示され,その場所が安全かどうかといった質問や,住むとすればどこが最も安全ですかという質問も多い.このように市民生活の中に,生活している土地の安全といった視点がかなり入ってきていることが理解される.ところで,この人間が住む土地の安全性についての情報を持っているのは地球科学という学問分野である.地球科学の研究室は日本各地の大学に存在する.しかし地元と密着した形で地球科学情報の公開や説明が行われる機関は非常に少ないし,研究を本務とする機関には大きな時間的制約が存在する.
 阪神・淡路大震災を契機として,一般の市民の方々は,自分の身近でおこる災害から身を守るために,地域の地球科学情報と,わかりやすい説明を欲している.市民からの問い合わせと研究者との交流がごく自然に行われることは,地域にある地球科学の研究所に,地域から期待される重要な側面でもある.しかし,直接対応でできることは研究の合間のサービスにすぎない.とすれば,地域住民の生命財産を守る地方自治体(行政)が,地域に関連する地球科学情報の収集公開や説明のための重要な役目を負うことが期待される.
 当然地球科学の研究機関は,行政がめざす情報の収集公開や説明のために,積極的に対応しなければならないことはいうまでもない.
 また,行政の対応のひとつとして,公務員研修に地域内を含む自然の成り立ちや土地状態の観察を盛り込むことはどうだろうか.特に地方公務員,学校の先生は自分の住む地域がどのような土地であるかを知っている必要があろう.災害対策の基本はやはり,その土地の成立の歴史や現状を知ることから始まると思う.そして,その時,机上のこととしてではなく,地域内の実際の場所で見て,感じ,考える経験を持つことが大事である.しかし,問題は地域の地盤を代表する典型的な場所をさがすことが,困難になっていることである.この代表的な場所を残す試みがされた市町村も存在するが,その努力も必要になってくる.この時必要な考え方は特異なとか,貴重なではなく,典型的なとかありふれたといった視点であることが重要である.
 さらに,長期的な視点にたてば,地盤の成立に関する知識を持った人材の育成と,その人々に対して地域での活躍の場が提供され,地域住民の生活する場の診断が日常的に行われることが,長い目で見た時最大の安全対策になるに違いない.このために大学に所属する地球科学の研究者・教育者は重要な任務を持たねばならない.
 最終的には,生活する場の安全性の診断を個人ひとりひとりができるような力を持つことが望まれる.そのためには人が生活する場の科学としての地盤科学といった考え方が必要となる.そして,いろいろの時間サイズで繰り返される災害(風水害,土砂崩れ,火山災害,地震災害など)をおこす自然現象(集中豪雨,火山噴火,地震など)に対する地盤の特性を明かにしていく地球科学者のアプローチと情報が,当該地域へ還元され利用されるシステムの構築が期待される.


竹村 恵二(たけむら・けいじ)

1952年福岡県生まれ.京都大学大学院理学研究科博士課程修了,理学博士.専門は第四紀地質学,ネオテクトニクス,火山灰層序学など.京都大学理学部附属地球物理学研究施設(別府)助手,助教授を経て95年3月から京都大学大学院理学研究科助教授(地球物理学教室).共著「古代の環境と考古学」(古今書院),講座文明と環境「地球と文明の画期」(朝倉書店)など.

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