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ライフスタイルをデザインする

21回生  岩橋 弘幸

ライフ・スタイルを、デザインするのが、ライフワーク
 建築家の仕事は、技術ではなく、アーチストであることがポリシーです。
最初はプロダクトデザインみたいなことをやっていました。
たとえばコーヒーカップをデザインすると、それを置くいいデザインのテーブルを考えなければならない。次はテーブルを置くインテリア空間。さらには、それを包む建築から街並、都市計画へと広がります。
 わたしの場合、結果的には建築設計事務所ですが、総合デザイン事務所みたいなことをやっています。フォークのデザインから建築までです。インテリア・店舗・ビル等を企画・設計していると、そこに生活する人間の、アイデンティティとかライフスタイルという部分に、大きなマーケティングがありますね。その価値観基準とか、消費者動向を的確に把握し、デザインに反映させることが重要で、ライフスタイルの提案や、新しい価値基準の提案が、キーポイントになります。つまりクオリティーの時代です。
 2000年代は、価値観が大きく変わってくると思います。
共通の価値観という物差しがなくなり、価値観が細分化し、見る人と見方によって、価値あるものが、価値あるもので無くなったり、今まで何でもなかったものが、意味を持ってきたりします。他人の価値観を基準にすると、その不足の部分に腹が立ちませんか?


この道を選んだきっかけ
 秒針分歩といわれ世の中が激しく変化する現在、常に、自己もそれに対応していかなければ、世の中の変化についていけないと思います。職業の資質についても同じことが言えるのではないでしょうか。学校を出ても、それだけでは駄目で、常に勉強していかなければ、プロとして遅れていくし、情報収集もだいじだし、職能としてマルチ的な発想も必要になってくる。
 つまり、世の中の仕事が、時代とともに変化していく以上、私達の仕事も、それに対応した変化が必要になってきているのではないでしょうか。
たとえば、自分が建築家だとしても、それに関連した不動産・財務・企画・デザインと全ての知識が、今から先は、必要になってくると思います。マルチ人間の時代です。私の場合クラフト・デザインやインテリア・デザインをやりたかったが、それらを包み込むデザイン環境として、コーディネートするとしたら、自然と、建築計画や、街並計画の中から、トータルにデザインせざるをえないと思い、建築計画の専門家になってしまいました。
かと云って、今後も、建築家でやっていくかと云えば、時代の要請があれば、グラフィックデザイナーであろうが、彫刻家であろうがそれになります。

 あまり、自分の生きていく道を決めつけないで、時代の変化に応じてフレキシブル(柔軟性)に、生きていくことではないでしょうか。


挫折は、自信の裏返し
 わたしは、附設高校の出身ですが、成績はいつも214番、つまり いつもビリでした。同じ物差しで測れば、それはビリかもしれませんが、違う物差しで測れば、それはビリではない。ものの見方でその価値観は、違う!人間、神様が、何か一つは、才能を授けて、この世に送り出されていると思うんですよ。それを早く自分で、認識して、努力することではないでしょうか。私の場合、美術大学に進学しましたが、ここでも絵が下手で、成績はよくなかった。しかしこの時、暇で読んだ2000冊の雑学の本が、今でも仕事に役だっています。大学を卒業してからは、色々なデザイン事務所や、建築設計事務所、建築家のもとで修業しました。色々な個性ある人の元で勉強させてもらったので、色々な仕事ができるようになり、色々なものの見方が出来るようになったと思います。私の場合、挫折であっても、根が楽観的ですから、挫折はしません。しかし、苦しいときには、必ずそこに、素晴らしい人との出会いがあったように思います。きっかけは、新しい人との出会いです。自分が変わるとき、進歩するときには、必ず、そこに、新しい人との出会いがあったように、記憶しています。
それらの人達により、自信をつけ、新しい自分を見つけていったと思います。


現職での実績と将来の夢
 建築の企画やデザインで、多忙な毎日です。
将来の夢は、設計事務所として、あくまで、アトリエ的に、いいものを、手づくりで、少しだけ納得して、創造していきたいと思います。
建築の外観が都市の中のインテリアとしたら、地元久留米に、久留米らしい街並といえるものを、総合的に造っていきたいと思います。
 今、久留米の街並づくりに力を入れています。それは、設計のハード面よりその街の文化とか、匂い、生き様的なソフト面を、「久留米らしさ」という歴史的なパフォーマンスの中で、どう街並に、デザインするかということだと思います。消費者にあった活性化された街づくりも大事ですが、魅力ある久留米を文化レベルで語るとき、そこに長い時間をかけて積み上げられた久留米らしさ」を失わないことが大事だと思います。それを、デザインという最小限のエッセンスで演出することではないでしょうか。久留米の街並風景を考えながら、いい建築文化を創っていきたいと思います。


岩橋 弘幸(いわはし・ひろゆき)

昭和29年4月27日生まれ(43才)
ARCHITECTS&DESIGN OFFICE
岩橋弘幸建築設計事務所
都市計画・街並計画・建築デザイン・店舗デザイン・インテリアデザイン・業態企画デザインに関するコンサルタント・商業工芸デザイン

経歴
日吉小学校・諏訪中学校・久留米大学附設高校卒業
武蔵野美術大学(建築学科)卒業・1級建築士取得
武蔵野美術大学大学院修士課程造形研究科終了
設計事務所勤務を経て、昭和59年現設計事務所設立
久留米青年会議所入所・久留米ライオンズクラブ入会
久留米市第3回・第4回ホープ賞受賞
久留米市ハイマート計画実行委員・
久留米市ふるさと都市づくり文化研究会委員

久留米一番街商店街アーケード再開発工事設計監理
西鉄駅前商店街イルミメッセ事業計画設計監理
久留米あけぼの商店街アーケード新築工事設計監理
六ッ門サンロード商店街アーケード新築工事設計監理

その他設計作品
(ビル・店舗・街並計画・都市計画・インテリア・デザイン全般)
第2草月園ビル・進学社本社ビル・第6泉屋ビル.スーパー銭湯朝妻の湯・熊本中央墓園・武雄温泉通り再開発計画・鳥栖ナインヒルゴルフクラブ・田中胃腸科クリニック・マツヤウィングひむか殿・梅の花各店・天井座敷亀の井店・フラボン彩館・リンガーハット・三門ガーデン・古蓮各店・ミセス美容室・ワミレスウィンズサロン各店・ザメンバー・フォーリンラブ・筑邦製茶社長自宅・金谷自動車社長宅・その他多数

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